岐阜県(鮎県)の県名とその他の地名の由来

岐阜県

岐阜県という県名は中国の故事にちなんで織田信長が命名しました。

 

岐阜県の岐阜市には、織田信長が天下統一の拠点とした岐阜城(当時の稲葉山城)が今現在もあります。この城下町は、昔は井ノ口と呼ばれていましたが、信長は禅僧に改名の相談をして、この地の雅称として使っていた「岐山、岐陽、岐阜」のうち、「岐阜」を選んだそうです。

 

「岐」の字は中国の「岐山(きざん)」に周の文王が都を置いて800年の太平の礎を築いたことにちなみ、「阜」は孔子の生誕地「曲阜(きょくふ)」から学問の地であるようにとの願いが込められていると言われています。

 

下呂温泉

下呂温泉の地名は音読みされたのがきっかけで「呂」の字は風呂のイメージです。

 

宝亀7年(776年)、宿駅として下留しもつとまりが置かれました。それが、いつしか「げる」と音読みされるようになり、さらに「げろ」と変化したそうです。

 

その理由としては、この地方は米の収量が少なく、「下々(げげ)の国」と呼ばれていたためではないかといわれています。「下留」という地名に「下々」のイメージが重ねられ、「下(しも)」が「げ」と発音され、その音読みに影響されて「留(とまり)」は「る」となりました。

 

そして、伝播するにつれて「ろ」の発音に変化していったそうです。ちなみに、現在の「呂」の字は、温泉の風呂からきた変化だと言われています。

 

飛騨

この地名の由来は人里から隔てられた場所で行き交いが不便だったためです。

 

この地域は古代から「飛騨の国」と呼ばれ、『万葉集』では「斐太」、『国造本紀・賦役令』には「斐陀」、『日本書紀』では「飛騨」とありますが、「ひだ」の由来は未だに不明のまま。

 

細長い折り目のような地形から、よく山襞やまひだの意味だと言われます、奈良時代にはそのような意味の語がなかったため、成立しないらしいです。

 

奈良時代の飛騨は「ふぃだ」と発音されていたといい、「隔(へだ)」の音が変化して「ひだ」になったとも考えられます。飛騨の地は、四方を山に囲まれており、人里の多い平野部から離れているためです。

 

養老

有名な親孝行話「養老の滝」酒ではありませんが美水は実在します。

 

岐阜県西部に位置する養老町は、水がお酒になって息子が親孝行するという「養老の滝」伝説が伝わる有名な地域です。

 

この地を行幸した元正天皇は、孝行息子が滝の水(酒)で父親を若返らせたという不思議な出来事を聞き及び、717年から元号を養老に変えてしまったほどです。

 

酒こそ出ないものの、「養老の滝」は岐阜県に実在しています。落差30メートル以上もの勇壮な滝で、「日本の滝百選」、「名水100選」にも選ばれている素晴らしい水源です。


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